尻あぶりの清べえ


 昔、小河内の尾崎に清左ヱ門と言う老人がおったそうな。
 そのごろの小河内は人も少なく家もまばらで、狐が出てきてはわるさをし、人々は大変困っていた。
 ある年の大雪の晩、清左ヱ門がいろり火を焚いて暖まっていると、戸口の戸を叩いて、
「ごめんください。」
と、二十歳ばかりの美しい女の人が入ってきた。
「この大雪の寒さに大変困っております。少しあたらせてください。」
と、頼むので清左ヱ門は、
「これは狐のやつが来やがったな。」
と、思いながら、
「さあ、さあ、あたってくれ。」
と、どんどん薪をくべた。
 いろりの近くにいた女はじりじりと後ろに下がる。清左ヱ門は女の背に回って抱きしめ、
「そう遠慮しないであたってくれ。」
と、火に近づける。女は、
「十分暖まりましたから、ゆるしてください。」 
「いやいや、まだ暖まってもらいます。」
と、清左ヱ門はジリジリ火に近づける。
「許して。」
と、大声をあげる。
「いやいや、十分あたれ。」
と、大騒動。
 そのとき、戸口の戸を叩いて入ってきた人がおった。見れば安楽寺のご院主さん。
「これこれ、清左ヱ門さん。いったい何事か?」・・・清左ヱ門は、
「いつもいつもわるさをするこいつが、今晩、火にあたらせと申しますから、しっかりあたらせてやろうと思いますのじゃ。」というと、ご院主さんは、
「でも、苦しがっているではありませんか。いつもの悪さで腹も立とうが、今晩のところはこのわたしの法会に免じて許してやってくれませんか。お願いじゃ。」
「ご院主さんがそうまで言われるのなら、許しましょう。」
と、清左ヱ門が手を離すと、女は転がるように土間に飛び降りて、
「ご印主さん、ありがとう。」
と、礼を言い、二人は手を取り合って、戸口を出て行った。
 清左ヱ門が腰送りに戸口を出てみると。安楽寺のご院主さんも実は狐と分かり、びっくり!2匹の狐がクンクンと鳴きながら、東の木戸を下りていった。その翌晩から尾崎の背戸山で、
「尻あぶりの清べえ〜、尻あぶりの清べえ〜。」
と、叫ぶ声が、当分の間したそうな。